プロフィール

突き抜けた「天才」を世の中に出していくのが仕事

はじめまして、山田研太です。やまけんと呼ばれています。

ぼくがメインでやってる仕事は、プロデューサー業です。プロデューサーというと秋元康さんのように、芸能界の人のイメージを持たれる人が多いですが、ぼくがやっているのは一般人のプロデュースです。

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一般人といっても、何かの分野で突き抜けた才能をもっている「天才」のプロデュースをしています。イメージでいうと、『プロフェッショナル仕事の流儀』というNHKの番組に出るような、何かの分野で一流の人を世の中に出していくのが仕事です。

芸能プロダクションは歌手や俳優の卵を発掘して、育成し、テレビ局に売り込んだりしていきますが、ぼくは本やyoutubeなどの媒体を使って一般の人に広めたり、企業に売り込んでいきます。

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情報商材を扱っている人たちがプロデューサーと名乗って活動していることがありますが、煽って短期で売上をあげるみたいな方法は、逆にその人のブランド価値を毀損するのでぼくはしません。長きに渡ってその人の本当の魅力が伝わって、天才性を最大限発揮できるようにバックアップしていきます。

”おもしろい”かどうかが全ての判断基準

プロデュース業以外にもいろいろと活動をしていて、その一つにぶっ飛んだ「おもしろい起業家」が集まるコミュニティをいくつか主催しています。

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参加メンバーは例えば、

・美容室業界で週休3日で手取りで30万以上もらえる雇用形態を実現して5年で100店舗以上のFC展開をしてる人
・全国の地主さんが1000人以上集まる土地活用を学ぶ日本最大級のコミュ二ティを運営している人
・3人で立ち上げた会社を10年ちょっとで社員1500人、東証一部の上場企業まで持っていった人
・アフリカで土地を買って建物を立てて、街をつくっている人
・1人起業家でネットを使わずに年商40億以上売り上げる人
・20代前半にして、見たことないスピードで次々と事業を成功させている人
・ある心理の分野で一番のyoutuber

とか挙げたらきりがないですが、よくもこんな個性が強くて変わった人たちが集まっているなと、ぼく自身が思う不思議な場ができています(笑)。

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あとは、以前まで本業だった個人事業主がメインの対象になる経営コンサルティングを、少数ですが受けています。今はプロデュース業に時間をさくために、話を聞いた上でどうしてもぼくが関わった方が良くなると感じた人だけに限定しています。

また今年からは、作家業に力を入れていく予定で、今は2020年の秋頃にKADOKAWAから出版する予定の「天才の作り方」というテーマで執筆中です。

いろんな活動をしてるので、対面で自己紹介しても分かりにくいと言われることがありますが、軸は「おもしろい人とおもしろいことをする」です。プロデュースも起業家コミュニティもコンサルも執筆も、ぼくの”おもしろいアンテナ”に引っかかったものをやるようにしています。

閉鎖寸前の崖っぷちサロンの立て直しに成功したのが原点

法人として一番長い会社が2020年で9期目になりますが、ぼくのキャリアの原点はコンサルティングです。独立してから2年目に、自宅の一室を使ってエステやアロマセラーなどの施術をする、「セラピスト・個人サロン」向けの経営支援からスタートしました。

1人目のクライアントを集めるために開催したセミナーの参加者は6人でした。一番最初に会場に来たある女性から、「10年間個人でエステやってきて、天職だと思ってるけど、このままの売上だと再来月には店を閉じなといけないんです」と挨拶されました。

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その方は閉鎖寸前なので、崖っぷち中の崖っぷち。ぼくも最初のお客さんになってもらう人を成功させないと次はないという覚悟を決めていたので、この状況だったら言ったことは何でも全部やってくれると思って、その方を最初のクライアントにすることに決めました。

その頃は駆けだしで、今みたいに売上の上げ方なんて全然わかりません。広告にかけられるお金もなく、お金をかけずにできることを二人でリストアップして、がむしゃらに全部やりました。

100個ぐらい打った施策や改善点のなかで、数個が実を結び、なんとか4ヶ月で売上が12倍に。その方はサロンを続けられるようになりました。祝勝会としてそのお客さんと焼肉を食べに行ったのを、今でも覚えています。

このあとは、その成功事例がぼくの代わりに営業してくれて、次々お客さんが集まっていきました。これが独立してからの、僕の「仕事の原点」です。
効率がどれだけ悪くても、ひとつの圧倒的な成功事例をつくり、ひとりの熱狂的なファンをつくる。それができれば、あとはその実績とファンの人が、次のお客さんを連れてきてくれる。この原理を体感した出来事でした。

結果にこだわったセミナーを作ろうと思って挫折

ただ、そこからトントン拍子にうまくいったかというと、全然そうではありません。

この1人目のクライアントと4ヵ月でやってきたことを振り返ってメソッド化し、個人コンサルをグループプログラム形式に変えて、3ヶ月で売上アップを目指す経営塾をつくりました。

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ぼくは前職の会社員時代、セミナー事業をやっていたので、「参加者の2割ぐらいしか結果が出ない」というのが常識というを知っていました。ただ、その限界を超えて、8割以上の人に結果を出してもらえるプログラムを絶対作ってやるぞと意気込んでいました。

が、ふたを開けてみると結果は、2人だけが目に見えて売上アップに成功。他の7人は思ったような結果が出ませんでした。かなり落ち込んで自信をなくしましたが、何が原因だったのかを冷静に振り返って参加者だった一人一人に話を聞いていって、あることに気づきました。

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教えたことが、実行できていなかったんです。1人目のクライアントさんは崖っぷちなので、アドバイスしたことは全部必死に実行してもらえた。でも、そこまで追い込まれてない人は、頭では分かっていても感情が入るので同じように行動に移せないことがわかりました。

そこからアドバイスの質もあるけど、そもそもどうしたらアドバイスしたことが実行される確率があがるんだろう、ということを研究しました。

男性と女性でコンサルの進め方がまったく違う

すると、男性と女性で全然違うことに気づきました。

男性はシンプルに売上があがればいい。そして、自分よりも売上や実績が上の人を尊敬してこの人の言ったことをやった方がいいと思うので、実績マウンティングをしてアドバイスをしていくだけでも多くの場合行動してくれます。

ただ、女性の場合は全然違っていて、実績がすごいかどうかより、「好きかどうか」「なんとなく信頼できるかどうか」で見ています。それに、これはできない、これはやりたくないみたいな、こだわりや制約条件が多い。注文の多い料理店みたいな感じです(笑)。 アドバイスしても違和感があると、行動が止まってしまう人が多いです。

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そこで、アドバイスの量をかなり減らし、一人一人の話を聞く時間をかなり多くしました。

・やりたいことは何で、やりたくないことは何か?
・できるだけやりたくないことは何か?
・今後結婚、出産、介護とか、働き方の変化で予想されることがあるか?
・過去やってきたことの中でうまくいったことは何か?
・ビジネス以外で悩んでいることは?

それぞれ全然違う価値観や、強み弱みを聞いた上で、「これだったらやれそう」「やりたい」って感じる、一人ひとりに違うアドバイスをするように変えてみると、実行に移せる確率が飛躍的にアップしました。

【塾6期共有】売上目標・学習の見える化 - Google スプレッドシート

違和感が少なくなりメンタルが安定し、行動量が増えるので、当然売上もあがりやすくなります。これは一つですが、売上が上がらない、行動できない理由を一個一個つぶして、マニアックにプログラムづくりをしていった結果、参加者の9割が3ヶ月のあいだに、売上アップに成功するプログラムをつくることができました

結果が出るにつれて、次々と口コミでどんどんと参加者が広がるようになったので、事業拡大することに。それなりな広告費をかけてさらに認知を増やし、中途採用を進めてコンサルタントとして自分がやってきたことを委任し、最終的には1,000人の卒業生を出しました。ひとりひとりに、いつでも相談できる担当コンサルがつくスタイルで、1期も5〜25人ぐらいだったので、今考えるとかなり濃かったなと思います。

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組織の解散を余儀なくされどん底を経験

拡大路線に舵を切り1年で年商2億円ぐらいの規模で、パートさん含め30人を超える組織に成長した頃、さらなる事業展開を目指して、数千万の投資をして、セミナールーム付きの新オフィスをかまえました。

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「さあ、これからさらに力を合わせていくぞ」と思っていた矢先、オフィスが完成する少し前に、予期していなかったアクシデントが起こりました。詳しくは書けませんがその出来事が引き金になり、売上が一気に半分以下に落ちました。500万以上のキャッシュアウトが数ヶ月続き、役務を残したまま倒産して、サービスを提供できなかったらどうしようと考え、事業を縮小する決断に迫られました。オフィスも完成して半年も経ってない中で手放すことに。

なによりも辛かったのは、これまで一緒に働いてくれた大好きなメンバーに独立か転職をしてもらうしかない状況になったことです。ただただ、悔しく情けなく胃が痛くて、心臓がバクバクして眠れない状態が数ヶ月続きました。人生で本当の意味で初めて経験する急降下だったと思います。どん底の状態でみじめで、聞きたくもない外野からの噂もなぜか耳に入るのが嫌で、ずっとやっていたSNSも1年ぐらい更新をやめました。

ゲーム感覚ではじめたTwitterで人生が変わる

ライフワークと思っていた、人の成長と人生に関わる大好きな仕事。大好きなメンバーと離れないといけない状態になり、死ぬ気で働いて売上をつくらないといけない時期なのに、ぼく自身の気持ちは全然追いつかず動けない状態が続きました。

お休み期間中は、最低限の仕事だけして残り時間は、朝から晩までぶっ通しで、今までやったことがないスマホゲームをやりました。荒野行動、オセロニア、人狼ジャッジメント、ネット麻雀・・・ソーシャルゲームの世界はすべてが新しい体験で、オンラインで小学生たちとチームを組んでボイスチャットで戦うとか、課金族になって大人の経済力を見せつけて見栄を張るとか、楽しかったです (苦笑)。

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でも、半年以上やってるとさすがに飽きてきて、もうちょっとビジネスにつながる可能性があることをしようかなと、ぼんやり思い始めていた頃、元塾生のあるFacebook投稿に目が止まりました。

「Twitterのフォロワーが5ヶ月で5000人になりました」という内容で、なんかゲーム感覚でフォロワーを増やすのに挑戦してみると楽しそうと思って、ノリでtwitterをはじめました。このtwitterが自分の人生を変えてくれるとは、まったく予想もせず。

Twitterアナリティクス(yamaken_edu)

最初の1000人のフォロワーができるのに半年以上かかる人が多い中、2018年10月中旬にはじめると、たまたまうまくハマって、1ヶ月で5300人、3ヶ月で1.5万人フォロワーが増えました。(2020年2月時点で3万人超え)。当時1日15時間くらいをTwitterに使っていたと思います。

フォロワーの数がどうこうではなく、そこから生まれた人とのご縁がすごくて、最初の数ヶ月はtwitterを通して100〜200人以上の新しい人に出会い、twitterで出会った人と一緒に会社をつくったり、初めてエンジェル投資で出資したり、いろんなプロジェクトを企業と一緒に立ち上げ、プロジェクトベースも含めると100人以上のメンバーを採用しました。

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半年ぐらいでまったく文化が違う国に移住したぐらい、世界が広がりました。

どん底から再スタートをきるときに、「どうせ、底からはい上がるなら、違うことをしよう」と決めていました。なので、今までやっていたセミナー事業はたとえ利益になったとしても、最低一年は禁止するというマイルールをもうけて、全然やったことがない活動に取り組んだことが、功を奏したんだと思います。こうして新しいことをやっていく中で、ぼくは情熱を取り戻していきました。

プロデュース業に力をいれようと思った理由

前の経営塾事業や、業界から離れ、組織も持たない働き方で、いろんな人や組織をみると、自分のことがちょっとずつ、しっかりと客観視できるようになりました。

2年半前にどん底をつらかった出来事も、いま振り返ると、外的要因はあれど、ぼくの経営者としての器が足りてなかったからだなと。ぼくが先走って理想を追求し、メンバーに無理させすぎるビジネスモデルになっていたな、とか。

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そして、何より自分の場合は、組織を持たずに自由に動き回れる方が自分の才能を活かせるということに気づきました。

そして、崖っぷちの人を救うところから始まった経営コンサルも、目の前のお客さんに向き合って、売上をあげて感謝されることは目指してやってきたけど、いま考えるとアメリカ型の経営じゃないけど、短期志向に偏りすぎてしまっていたかなとか。

短期でがつんと売上がのびても、その人の人間力や技術が追いついてないと、いずれへこむし、もっと広い視野でみると、目の前のお客さんって部分最適にはなってるけど、お客さんの先のお客さんまで考えると、全体最適になってないこともある気がして。

なので、これらの経験を通して、改めて自分がやっていきたいことは、”本物だ”とぼくが確信をもった天才を世の中に広げることだと思いました。
だから、売上の最大化を目的にはしない。

「この人が広まったら、絶対に幸せな人が増える」と確信をがもてる人を、世に広めることをこれからの仕事のポリシーにすえることにしました。そして、選んだのがプロデューサーという仕事です。

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有名じゃないラーメンにふらっと入ったら「超絶うまいやん!」と感動して、「みんなに教えてあげたい!」って気持ちになるみたいなピュアな動機で、長く長く関わっていける人と仕事をしようと思っています。急がず、効率を気にせず、本当に自分が納得できる人とものをだけを。

今はぼくと似たような仕事をしている人はほとんどいないけど、向こう5年、10年かけて、各分野の天才から「自分をプロデュースしてほしい」と依頼が殺到するような、日本を代表するビジネスタレントのプロデューサーになるのが今後の目標です。

 

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